結末のはじまり~光のさすほうへ~

私自身を見つめるための記録

いまはまだ蕾でも

花が美しく咲き誇るのは

自分の遺伝子を残すためでしょう。

種を落とした後は、儚く寂しく朽ち果てていく。

 

 

三島由紀夫の「金閣寺」の中で

僧は

金閣寺の美しさを永遠のものにするため

金閣寺を焼いてしまう。

自分の心に突き刺さるほどの美しさを

朽ち果てさせたくはなかったから。

 

 

そういうものの美しさが人の心を動かすんだ。

 

 

人間もそうかもしれない。

美しくあろうと思う。

本能的にはやはり、遺伝子を残すためだろうね。

でもそれだけではない。

よりよい自分でいることが

この世に生きる自分の価値になると思っているからかな。

いつか必ず死が訪れるから。

だれもがひとりきりで儚く寂しく死んでいくときがくる。

そのときに

生きてきた美しさが残るんだ。

後に生きる人たちの心に。

 

 

そもそも

美しいなんて言葉自体

とらえようもなく

不安定で

はっきりとこれといった定義も概念もないものだけど。

ならば美しさは自分で決めればいいじゃない。

 

 

さてなにを残す?

どうせ創り出すのなら

自分の心を震わせるような途方もなく美しいものを

とは思わない?

それが人の心を動かすんじゃないかな。

 

 

どんな花も太陽に向かって

花を開かせようと

自分のエネルギーを注ぎ込む。

 

 

これから咲かせようよ。

疲れたら休んでもいい。

たくさん悩んで考えて答えの出ないものがあってもいい。

そうやってエネルギーを少しずつ蓄えながら

それでも確実に着実に一歩ずつ。

あなたの花を咲かせてほしい。